三線の銘器-五開鍾の諸説

三線の五開鍾とは。。。

三線の銘器とされる五開鍾とは、第一人者である真壁里之子の作である三線を茶屋御殿に集めて弾き比べをした事が発端となっております。

 

弾き比べを始めてから時間が経過するとともに大抵の物は音色が悪くなってしまいましたが、中には夜がふけ、更に暁を告げる開鍾が鳴り響く時になっても美しい音色を響かせた三線が五挺あったそうです。

 

その五挺が、真壁作で優秀な物であるとされ、この五挺が五開鍾とされました。

 

ただ、この五開鍾は、どの五挺を指しているのかが諸説ございます。。。

五開鍾-琉球新報説

大正5年4月17日の琉球新報の記事によりますと・・・

 

五開鍾とは・・・

・盛嶋開鍾

・西平開鍾

・湧川開鍾

・熱田開鍾

・翁長開鍾

であると記載されおります。

五開鍾-山内盛彬先生(琉球の音楽芸能史)の説

開鍾とは真壁が作った三線の中で優秀なものに付けられた名称である。

・盛嶋開鍾

・久田開鍾

・城開鍾

・大宜味開鍾

・アマダンチャ

(久田と大宜見の代わりに湧川・西平の説もある。)

五開鍾-池宮喜輝先生の説(琉球三味線宝鑑)

歌聖知念積高が最初に名器五丁を選定して開鍾と命名したので、後世之を開鍾と称するようになったと思われる。

・森嶋開鍾(尚家)

・城開鍾(尚家)

・湧川開鍾(高宮城家)

・西平開鍾

・アマダンチャ開鍾(東風平村冨盛家)

 

五開鍾-西平守清先生の説(沖縄音楽考)

・盛嶋開鍾

・城開鍾

・アマダンチャ

・久田開鍾

・大宜味開鍾

五開鍾に関するその他の説

・アマダンチャは王家に献上されていなかったので五開鍾には入らない。

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